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好き嫌いじゃなかった。私の感覚の正体!

私はずっと、
「好き嫌いが多い、わがままな人」だと言われてきた。

小学校の頃、給食はほとんど食べられず、
毎日のように残されていた。

みんなが普通に食べているものが食べられない自分を、
どこかで「ダメな子」だと思っていたし、

大人になってからも、
「好き嫌いが多いのは良くない」
「人の好き嫌いにも繋がるよ」
そう言われ続けてきた。

だからこの“食べ物の好き嫌い”は、
ずっと私の中にあるコンプレックスだった。


でも、不思議なことがあった。

同じ食材なのに、
食べられるものと食べられないものがある。

例えば長ネギ。

冷奴に乗っている細いネギや白髪ねぎは好きなのに、
すき焼きに入っている太くて煮たネギは苦手。

キノコもそう。
基本的には苦手なのに、なぜかナメコは食べられる。

チーズも、
クセのあるものは苦手なのに、
とろけるチーズやチーズケーキは大好き。

「え、何が違うの?」
自分でもずっと分からなかった。


でもあるとき、
まったく違う視点でその理由を教えてもらった。

それは――

私は
「好き嫌いが多い人」ではなくて、

“違和感にとても敏感な人”だったということ。


私が苦手だったものには、共通点があった。

・口の中に残るもの
・まとわりつくもの
・主張が強くて消えないもの

  • キノコの“ぐにゅっ”とした食感
  • ネギの繊維や独特の香り
  • 炭酸のシュワシュワした刺激
  • 辛いもののヒリヒリ感
  • 酢やコーヒーの後に残る強い余韻

どれも、
「口の中に居続ける感覚」があった。


逆に、私が好きなものにも共通点があった。

・なめらかに馴染むもの
・自然に溶けるもの
・スッと消えていくもの

  • お餅のとろける感じ
  • ナメコのつるっとした食感
  • とろけるチーズ
  • チーズケーキのなめらかさ
  • 塩むすびのシンプルな美味しさ

どれも、
「一体感があって、自然に消えていく」ものだった。


つまり私は、

“好き嫌いが多い人”ではなく、
“感覚の精度が高い人”だった。


そして気づいた。

これは食べ物の話だけじゃない。

私はきっと、

・重たい空気が苦手で
・強い主張がぶつかる場が苦手で
・自然に流れる心地よさが好き

そうやって生きてきた。


だから私は、

誰かを押しつけることも、
無理に変えようとすることもしたくない。

ただ、
その人の中にあるものが自然に引き出されて、
場がなめらかに整っていく。

そんな関わり方が好き。


ずっとコンプレックスだった“好き嫌い”が、
まったく違う意味を持った。


これは欠点じゃなかった。

これは、

私の感覚であり、私の在り方だった。


もし、
「自分の好き嫌いが多い」と感じている人がいたら、

それはわがままなんじゃなくて、
“感覚が繊細なだけ”なのかもしれない。


私はこれから、
この感覚を否定するのではなく、

大切にしていこうと思う。

「この話、実はもう少し続きがあります」

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